篠田 剛(しのだ つよし)

プロフィール

1963年12月20日東京都板橋区氷川町生まれ。
松葉保育園、板橋一小、板橋三中、都立城北高等学校、拓殖大学卒業。
2019年 板橋区議会議員 初当選。

拓殖大学卒業後、実兄が設立した建設会社に勤務。
2014年に社長を務め、2021年に辞任。
空手は7歳から始める。
1979年、 金城裕に師事し日本空手道研修会に入る。
1989年に宗家を継承、1992年に会長を兼任。
2002年に会長・宗家を辞任、篠田 勇気男に師事し日本空手道建武館副館長となる。
2009年に館長を務め2021年に辞任。
2015年に地元小学校PTA会長も務めた。
2019年4月、板橋区議会議員初当選し現在1期目。

板橋区議会自由民主党議員団
区民環境委員会副委員長/地域・経済活性化調査特別委員会/
板橋区住宅対策審議会/(公財)産業振興公社評議員会

好きな言葉:怠ること勿れ (おこたることなかれ 山岡鉄舟が書き記したことば)
尊敬する人物:父
性格:幼少の頃はものすごく引っ込み思案(今もそれほど変わっていません)

父のおかげ

少年時代。
父は私に「卑怯なまねをするな」と植え付けました。
だから、自分より弱い者に威張り散らしたりいじめたりする者がいたら無性に腹が立ちました。
また、悪いことやっている奴がいるのに怖くて手を出せないのは、意気地がないと憤慨しました。
もちろん、私も人間だから羽目を外すことがたくさんあります。
だけど、卑怯なことをしない、という一点だけは守り通しました。
父が「卑怯なまねをするな」と徹底して言い続けてくれたおかげです。

父の生き様と自分の使命

1970年。
まちで悪さをする不良少年に困り果てた町内の人たちは、
やはり少年時代は暴れん坊で鼻つまみ者だった父に、
昔取った杵柄ということでどうにかしてくれないかと頼みます。
世のため人のために、という想いの強い父は、体力をもて余していた少年たちに、
エネルギーを暴発させないようにと空手を習わせました。
これが道場の始まりでした。
道場は、いわば不良少年の更正施設のようなものでした。
そんな父がすい臓ガンとなり、1982年に49で他界。
父の生きた歳を越す頃、今度は自分が世のため人のために尽くす番ではないかと思うようになりました。

故田中晃三先生との出会い

ちょうどその頃、空手のほかに、
アンチエイジングトレーニングという名称でシニア世代向けのロコモ・フレイル予防トレーニングをスタート。
2012年、自民党都議会第36代議長を務められた田中晃三先生にトレーニングをお勧めしたところ、
お宅の離れで週に一度、指導させて頂く機会に恵まれました。
毎週毎週の、田中先生宅でのトレーニング後はいつも茶話会がありました。
先生のその誠実なお人柄に触れるたびに、政治家の素晴らしさや誇りというものを感じ始めたのでした。

背中を推されて

道場で子ども達に指導していました。
魅力あるかっこいいリーダーを育てたいと燃えていました。
が、壁にぶつかることもありました。
人生100年時代とはいえ、父のようにガンで早死にするかもしれない。
世の中を動かしているのは政治。
その政治の世界に入れば夢の実現に近づけるのではないか。
家族に相談する日が続きました。
そして、私は意を決して「政治に関心があります」と告げたところ、
田中先生より「やってみたらどうですか」とお返事を頂きました。
こうした生涯の想いから区政に挑戦する決意を固め、
その意気込みのうちに板橋総支部の公募に申し込むことに致したのでした。
55の挑戦です。
父が生きていたらどう思っただろう。
なんて声をかけてきただろう。
きっと、お前が選んだ道だ。
世のため人のためやってみろ。
そう言って励まし、背中を押してくれたに違いない。
そう思っています。

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